沈黙のマリア

第一話(1)

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 原初の世界は、闇も光も無く、ただ混沌渦巻く無の空間だった。
 神はその虚無の混沌に一粒の哀れみの涙を零した。
 涙は神の足元へ落ち、そこで巨大なマリアとなった。
 神は海を照らす為、光を創られた。
 光が生れると、その傍らに闇が生れた。
 光は昼となり、闇は夜となり、これが一日の始まりとなった。
 世界が始まり、二日目に、神は海と対になる空を創った。
 三日目に海の中に陸を創り、幾つもの陸の中央に、ひとつの島を創られた。
 四日目にその島に降り立ち、空を、太陽と月と幾つもの星々で飾った。
 五日目に、海と空と陸の全てに、生き物を創り棲まわせた。
 六日目に、全ての生き物を治める者として、神の姿に似せた生き物を作った。これが人間の始祖である。
 七日目になり、世界の全てを創り終えた神は、地上の長たる人間に、世界を護る力を授けた。
 だが人間の体は脆く、神のように悠久の時を生きる寿命を持たなかった。
 その為に、人間の始祖は神の力を一冊の書物に書き留め、この聖なる書物を授かる者が、世界を護る力を継ぐことにした。
 これが、守護天使の始祖である。








 その国の名前を「祈りの国」と言う。
 創世神話において神が初めに降り立った聖地であり、機械文明と戦争に明け暮れる世界情勢の中で、破壊を呼ぶ火と機械の文化を忌み嫌い、唯一それらを遠ざけた聖地でもある。
 この国では機械も銃火器も存在しない為、世界はすでに大空にさえ飛行艇で人間が旅する時代になったにも拘らず、人々は日々火を起こし井戸から水を汲み、畑を耕し神に膝折り、祈りを奉げる日々を欠かさず続けている。
 火薬の臭いがしないと同時に進化の瑞光が一片も窺えないこの国の文化水準は最低だと軽視する人々が世界には大勢いるが、一方では自然と共存し神を敬う人間のルーツとも言うべき懐古主義的な生き方に共感し、この国こそが世界で最も神の御国に近い国だと賞賛する人間も少なくない。一方は蔑称として、もう一方は尊称として、この国を「楽園エデン」と呼んだ。
 人類の急速な進化を嫌い、信仰と平和を守り続ける人々が慎ましく暮らすこの国は、小国ながらも誰からも干渉されることなく、その長い歴史を刻んできた。古くから王政が続くこの国は、世界で最も長く続く王室を持ち、世界最大の信者数を誇る宗教「聖教」の圏内でありながら、彼らとは全く異なる独自の文化を築き上げてきた。
 世界に名立たる列強の大国は、神の降り立ちし聖地であるこの国に対して、その信仰により敬意を払った。彼らの信仰心は、世界の中央に位置する楽園を、戦争の毒牙にかけるような無様な真似を、彼らの大国の主達に決して許さなかった。
 だが、信仰心を持たぬ若き大国が、ついにその絶対不可侵の暗黙のルールを破る日が来た。彼らは愚かしくも何も知らなかったのだ。 聖教徒たちが、ただ信仰を守るためだけに、楽園を攻めなかった訳ではいということを。
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