青い空と白い僕の手

「気違い雨」 書架



 まだ肌寒い春の日だった。
桜凪さくらなぎさん、お手紙よ」
 ナースから封筒を渡された。桜凪は短く礼を言ってそれを受け取った。両親からのエアメールだ。桜凪は中身を傷付けないよう細心の注意を払ってペーパーナイフでそれを開けた。中から出てきたのは几帳面な桜凪の母の丁寧な文字。桜凪は大事にそれを読む。

『元気ですか秀一。お父さんとお母さんはこちらで元気に過ごしています。今月六日はあなたのお誕生日でしたね。一緒に祝ってあげられなくて御免なさい。夏にあなたの退院許可が下りたら、こちらへ遊びにいらっしゃい。お誕生日の分も、たくさん一緒の時間を過ごしましょう。あなたが来るのを楽しみに待っています。夏にはディズニーランド・パリに連れていってあげます。……。』

「ディズニーランド・パリ、ねぇ…」
 呟いて桜凪はベッドの上に寝転がり、エアメールを掲げ見た。窓から差し込む陽に透けたそれは、それ自体から少し太陽の匂いがした。桜凪は手紙が羨ましくなる。
「お前はいいね。長いこと旅をして、ここまで来たんだろう?」
 開いた窓から風が吹き込んできて、手紙が揺れた。大して強い風でもないのに、それは桜凪の手からふわり離れて、飛んでしまった。桜凪は緩慢な動作で手紙を追って、ベットの端でそれを捕まえた。
「まだ動き回れるの?」
 捕まえてもまだ手紙はかたかた揺れる。桜凪はそれを両手で押さえて窓辺へ行くと、空へと解放してやった。
「僕の分まで外で存分、旅をしておいで」
 薄い手紙はひらひらと、目的もなく何処かへ舞った。桜凪はそれを見送って、窓辺に腰を掛けて、空を見た。とても青い空だった。
 …でも夏は遠いのだろう、と桜凪は思った。
 桜凪は自分の両の手を見た。とても白く細い手だった。手紙さえろくに掴めない手だった。きっと桜凪の処へは夏は来ないのだろう。そうして自分は一生旅が出来ないのだと思うと、桜凪はやっぱり手紙が羨ましくなって、もう一度窓の外へ視線を投げて、手紙が消えた空を見詰めた。そこにはとても青い空がいた。
 まだ肌寒い春の日だった。




Has it stopped snowing ?

「気違い雨」 書架


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