気違い雨

「青い空と白い僕の手」 「桜、降り注ぐ憂鬱の午後」 書架



 斑渕まだらぶち 創史そうじがちょっとそこまで買い物に出たら、雨に降られた。突然の激しい雨に、逃げる間もなく全身ずぶ濡れになる。
 内心無駄と解かりつつ、通りすがりの公園へ入って、そこの木の下に逃げ込んだ。その途端に、雨は止んだ。
「何だあ、これ」
 突如一滴も降らなくなった雨に驚き、空を見上げた。空はもう晴れていた。あんまり綺麗な晴れ具合に、斑渕が全身びしょ濡れなのが不審に思える位だった。
「どうせならもうちょっと早く降って早く止めっての」
 独言のつもりで言ったら、返事がきた。
「気違い雨に怒ったって仕方がないさ」
 びっくりした。木の裏に先客がいた。斑渕と年の変わらなさそうな少年だった。彼もやはり雨で濡れていた。同類だと思って、斑渕は軽く話に乗った。
「『気違い雨」って?」
「急に降ってくる雨のこと。今みたいな奴だよ」
「ふうん」
 初めて聞く単語だった。斑渕は率直な感想を述べた。
「『気違い雨』なんて、すげえ表現だな」
「全く酷い言い方だよね。雨は自然の摂理で降ってきているのに。それを掴まえて『気違い』だなんて。雨だって、気分を悪くするよ」
 少年が自分の話を違う方向へ解釈したので、斑渕は少し間を置いて、顔に滴る雨を手の甲で拭ってから、きちんと自分の言いたかったことを伝えた。
「まあそうだけどさ。けど、突然降り出す雨のことをそう呼ぶってのは、人間が、雨とかにも人格があるって考えるからだろ? 雨にだって正気と気違いがあるって考えていたから、そんな名前がつくんだぜ。すごい発想だよな」
 斑渕が言い終わると、少年は黙って斑渕を見た。彼は目を見開いていた。斑渕の方もそれに驚いた。斑渕は人に驚かれるようなことを言った覚えはない。お互い暫く同じ様な顔で凝視し合った後、先に口を開いたのは少年の方だった。
「そうか。そんな考え方もあったんだね…」
 やけにしみじみと言った彼は、それから急に満面の笑みで微笑んだ。斑渕が、何だろうと思っていると、少年は斑渕の肩をぽん、と気安く叩いて言った。
「君、優しいね。お陰で雨が喜んでる。『ありがとう』だって」
「……。はあっ?」
「あ、もう行かなきゃ。じゃあね」
 少年は急に踵を返すと、斑渕の目の前から走り去った。斑渕はぽかんと見送るしかない。彼が走り去ったすぐ後に、また激しい雨が前触れもなく降りだした。

 ……どうやら本物の気違い雨だったらしい。



The snow has malted.


「青い空と白い僕の手」 「桜、降り注ぐ憂鬱の午後」 書架


Copyright(c) 2005 sikabanekira all rights reserved.
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送